クレヨンしんちゃんの埼玉物語

サザエさんの東京物語」という本があります。この本は、「サザエさん」の作者の長谷川町子さんの実妹の長谷川洋子さんが書かれたもので、姉の町子さんや家族との思い出がつづられています。

こう書くと、ほのぼのとした内容であるかのように思えますが、実際は結構暗い印象を受けるエピソードも少なくありません。カスタマーレビューにもあるように、暴露本とも言える内容だったりします。

で、この本は長谷川町子美術館では販売されていません。長谷川町子美術館は、長谷川町子さんの作品が販売されていますし、また「サザエさんをさがして」の記事が掲示されていたりしますが、町子さんの実妹による町子さんの真の姿を描いた書籍なのに、同美術館では全く存在しないし言及されていないというのがミソだったりします。

この「サザエさんの東京物語」なる書籍、大宮のジュンク堂では、活字の本が売られているフロアではなく、漫画が販売されているフロアに置かれていたりします。「東京物語」は活字の本なのにです。しかも、「長谷川町子」の書籍が並んでいる棚に置かれている、一見すると長谷川町子さんの作品ではないかと思うような置かれ方です。

これを見て思ったのが、「公式サイドでは全く認められてないものでも、価値があれば公式以外のところでは公式と同等の扱いを受ける」ということです。

クレヨンしんちゃんで例えれば、さきほどのジュンク堂にはクレしんの謎本がクレしんの単行本と一緒になって並んでいたりします。しかし、クレしんの版権保有者のサイドではこの本については、全く言及されていないと思います。

もし、今後クレしんの作者の臼井儀人氏に関する暴露本が出たとしても、それは双葉社から出ることはまずないだろうし、おそらく双葉社側はこの事には一切黙殺するでしょうね。しかし、私を含むいくらかのファンにして見れば、必読の書物になるだろうと思います。

ちなみに、昨年の9月の中頃、臼井氏が行方不明になってマスコミで話題になっていた頃、何かの番組で臼井氏の高校時代の写真が公開されていたようですが、この件について双葉社側は何らかの動きを見せたという話は聞いたことがありません(ただし、イギリスにいた私の入手できる情報が限られていたという事情もあります)。

ある作品が非常に有名になると、その作品の作者の素顔と言いますか、プライベートなことまで暴露されるのは必然なのかもしれません。その作者が存命中の間は素顔が隠されていても、亡くなられてその人物が「歴史上の人物」となってくると、もはやその素性を隠し通すのは不可能のように思えます。

誰かが暴露すると、そこからその人物の「研究」も進むようになるのだと思いますが、臼井氏の「研究」が進むのは、まだずっと先の事でしょう。ただ、作者の素性が分かったら、おそらくファンの夢が壊れる可能性はありますが。

前述の長谷川洋子さんも町子さんの素性を綴った「東京物語」のカスタマーレビューにも、興味深いという感想もある一方、「町子さんのファンとしてはちょっと複雑な気持ちな気持ちを覚えた本」と評した人もいます。

生前、臼井氏は自分の素性を決して明かさなかったのは、ファンの夢を壊さないためだったそうですが、上のカスタマーレビューや「東京物語」を読んでみると、何となくそれが分かるような気がします。私もこの本は読みましたが、複雑な気持ちにはならなかったものの、長谷川町子作品のファンとして意外と思えたエピソードも少なくありませんでした。臼井氏の暴露本を読んだら、臼井儀人作品のファンとして複雑な思いを抱くかもしれません。

ただ、時が経つにつれて、クレしんは作品として消えることなく、これからも読み継がれていくならば、ファンの夢も壊れていくでしょうね。というより、臼井氏のプライベートに関する暴露がなされる頃には、クレしんは「古典」の扱いを受けて、ファンの夢も無くなっているかもしれません。

音楽家のシューベルトや哲学者のニーチェは売春宿に通っていた(らしい)ということが、マジメな学術書で読んだことがありますが、歴史上の人物のマジメな学術研究では、こういうプライベートな事も容赦なく暴露されるわけです(ただし、この二人が本当に買春していたかは、確たる証拠があるわけではないようです)。

もし、臼井氏は買春をしていたなんて暴露本の類に書かれたら、ファンとしては当然良い気分がするわけありません。しかし、歴史上の人物となってしまえば、そのような扱いを当然のごとく受けてしまうものです(念のために書いておきますと、私は臼井氏が買春していたなどと主張するつもりは毛頭ありません。あくまでも(かなり強烈な)たとえとして書いただけです)。

ですから、前述したように原作者本人や版権保有者側がファンの夢を壊さないようにする姿勢にも、共感できる部分があります。しかし、一方で暴露本の類にも、たとえ気分を害する内容であっても興味を示すかもしれない。そういう二面の心理を持っているところにも、私がクレしんにおける「公式」に属する人間ではないと実感できたりします。

また、私は大学の頃、フランツ・カフカや宮沢賢治の作品についての批評をレポートに書いたことがありますが、カフカや賢治のかなりプライベートな事が、暴露本ではなくキチンとした学術書に堂々と書かれていたもので、(私を含めて)現在生きている人たちが亡くなった頃には、臼井氏もそういう扱いを受けている可能性は高いです。逆に言えば、そういう暴露が行われていなかったとしたら、臼井氏の作品は人々から忘れ去られているでしょう。どっちが良いかは何とも言えませんが。

それほど遠くない未来に、臼井氏をよく知っておられた方が「クレヨンしんちゃんの埼玉物語」などという本を出したら、ファンの夢を壊してしまうかもしれませんが、一方で臼井儀人研究を大きく促進させることになる、コインの裏表のような二つの全く異なる評価を持つ存在になることは間違いないでしょう。

ちなみに、長谷川洋子さんですが、どうも1983年頃に町子さんたちと絶縁してしまったようです。確かに、1978年に発表された「サザエさんんうちあけ話」では洋子さんに関するエピソードはしばしば出てきますが、(絶縁後の)1987年に発表された「サザエさん旅あるき」では、洋子さんのことは(全くではないものの)ほとんど出てきません。

しかも、「サザエさんの東京物語」を出した朝日出版社は、朝日新聞社とは名前こそ似ていますが、全く別の出版社です。こういう出版社がこういう本を出すという点も、何かいやらしい気がしなくもない。

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