クレヨンしんちゃん分析録

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zoom RSS うるさい原作者のアニメ

<<   作成日時 : 2009/12/12 09:18   >>

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本記事は、今年の7月に書いた「犯したるーーーー!(←枢斬暗屯子さんのノリで)」の続きです。

「犯したる」の記事で、私は「原作レイプ」という言葉を取り上げ、「原作レイプ」を行うのはテレビアニメ側が通常なのですが、クレしんの場合、実は(今は亡き)原作者によって行われ、むしろ(比較的初期の)原作の作風を守ろうという意向はテレビアニメのスタッフの方が強く、いわば逆転現象のようなものが起こっているのではということを書きました。

しかし、テレビアニメのスタッフが「原作レイプ」を行う、つまり原作の作風をファンから反感を食らうように変えてしまうのにも、それなりの言い分があるのですね。「豆泥棒にも三分の理」といったところでしょうか(豆泥棒とは強姦を意味する隠語です)。

「サザエさん」をはじめ、「キテレツ大百科」や「あさりちゃん」などのアニメ作品の脚本を執筆してきたベテラン脚本家の雪室俊一氏が連載していたコラムで、テレビアニメにクレームをつける原作者について書いているページがあります。

雪室氏によると、かつては「うるさい原作者」は存在しなかったそうです。アニメの制作に色々と注文つけてくることはなかったというわけです。原作者が自分の作品をテレビアニメのスタッフに託すのは、言語や風習の異なる地へ愛娘を嫁にやるような行為であり、親があれこれ嫁ぎ先に注文をつけるのは、娘を必ずしも幸せにはしないというわけです。

ただ、雪室氏は「ハリスの旋風」と「あしたのジョー」のちばてつや氏もうるさい事を言わなかったと書いていますが、ちば氏は「ハリス」が初めてアニメ化された際、ああしろこうしろと喧々囂々注文をつけていたようです。ホーム社から出ている「ちばてつや全集」の「ハリスの)旋風」の2巻に収録されているインタビューで、ちば氏がそう語っていました。アニメの作風が原作と異なっているという状況を放っておけなかったとのことです。ただ、その後ちば氏は原作とアニメは別だと認識するようになり、「ハリス」のリメイク版「国松さまのお通りだい」の際は文句は言わなかったそうですが。

現在は「うるさい原作者」が多いとのことで、媒体の全く違うアニメーションで漫画と同じようにしなければならず、なかなか苦労されるそうです。

さて、クレヨンしんちゃんの場合はどうだったかというと、「クレヨンしんちゃん映画大全」(双葉社)での本郷みつる監督のインタビューによると、原作者の臼井儀人氏はアニメに関してはスタッフにまかせっきりだったそうです。しかし、劇場版に関してはストーリーを自ら考えたり、キャラクターの考案なども行っていたそうです。臼井氏が関わっていたのはあくまでも映画のみで、アニメではほとんど関わっていなかったと思います。つまり、臼井氏も「うるさい原作者」には該当するとは言えないわけで(劇場版も含めるとこの限りではない可能性もでてきますが)、ある程度上の世代の人たちはあまりアニメに関して干渉することはしないようです。

最近、「うるさい原作者」が多いというのは、おそらく比較的若い漫画家の人たちなんでしょうかね。そう仮定すると、なんで昔はそういう原作者がいなかったのかが、ある程度推測できます。

昔の人たちが子供から青年期を迎えたころは、テレビが無かった、もしくはその黎明期だったわけで、テレビに対して近い距離を感じていなかったからではないでしょうか。つまり、テレビという存在が今よりも重厚であったわけで、あまり身近な存在ではなかったと思えます。だからこそ、テレビという存在が重視されて、視聴率が今よりも圧倒的に高かったということにもなったのでしょうが。

現在は、テレビは極めて身近な存在になっており、一家に一台どころか一人一台にさえなりつつあるような時代です。視聴率があまり伸びないのも、テレビがあまりにも「軽い」存在になってしまっているからだと思います。つまり、それだけ視聴者にとっても距離感が縮まったわけで、若い原作者たちにとって、テレビにも干渉しやすい存在なのではないかと思います。

そういうわけで、今の原作者はテレビがあまりにも身近な存在ゆえに「原作=アニメ」という図式が存在しているのかもしれません。「うるさい原作者」が多いというのは、テレビが身近な存在になったことから、テレビによる作品にも関心を強く示すようになった表れでしょうね。ある意味、自分の愛娘が嫁ぎ先でレイプされている思って介入するようなものかもしれませんが、犯す側には犯す理由ってのがあるモンだと言えるわけです。なんか、すごい言い方ですね。

これに対して、昔の原作者は「原作≠アニメ」と、あくまでも原作とは別の存在と考えていたのかもしれません。だから、あえて自分の介入する世界ではないと割り切っていたのでしょう。

「サザエさん」の長谷川町子さんもアニメに関しては何も口を出さなかったそうですが、そういえば自伝の「サザエさんうちあけ話」にも「サザエさん」のアニメ(と実写の映画やドラマ)について何も触れられていません(「いじわるばあさん」についても同様)。町子さんは自身の映像化作品に関しては自分の作品ではないと、ほとんど思い入れが無かったのかもしれません。

ちなみに、タイトルですが哲学者である中島義道氏の「うるさい日本の私」という著書のパロディです。この著書のタイトルは、川端康成と大江健三郎氏の、各々のノーベル賞受賞の記念公演のタイトルである「美しい日本の私」と「あいまいな日本の私」のパロディで、つまりこの記事のタイトルはパロディのパロディをやってのけているわけです。

ただ、私はこの記事が「犯したるーーーー!(←枢斬暗屯子さんのノリで)」の続きであることから、当初これと似たようなタイトルを考えていました。

↓がそれです。

「アニメになって毎週犯しまくったるんねん(←枢斬暗屯子さんのノリで)」

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
結構参考になる話ありがとございます。
昔は確かにテレビが身近ではない存在でしたし、逆に今は家に殆どは一台から数台ある時代ですもんで(自分はTVでPC画面を映してるので最近はあまり見れないですが)
原作者が注文をつけるのはその人の性格や作品の伝え方の重要性なんかで結構左右されそうですね。
送り出す上でリクエストしてあとは視聴者として見守る位の近さならそこまでうるさくなくていいのですけどね。
でも、一番の懸念は手厳しいを超えてとてもうるさいファンの注文でしょうね、内容によってはあまりにもキツイ意見が多いですから…
今の時代の若い層ならではなんでしょうか
たか
2009/12/12 19:18
臼井さんが劇場版のストーリーやキャラクターを考えたのはアニメ制作側からの依頼だったのですかね。臼井さんが制作側に対して色々注文つけることかなかった理由ってなんだったのでしょうか。しかし、臼井さんが生きているうちに「製作総指揮:臼井儀人」とクレジットされる劇しんを見たかったなぁと思いました。
それは私は「ONE PIECE」が好きで、日本で12月10日に公開された「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」は作者の尾田栄一郎さんが映画ストーリー・製作総指揮をつとめているからです。尾田さんは今までテレビアニメ・劇場版共に特に製作に携わっておらず、口出ししても悪魔の実関連のこと位だそうです。2007年にプロデューサーから「10作目やってください。まだ2年あるから」と言われ、最初は断ったそうですがプロットだけどうしてもとお願いされ書いたそうです。尾田さんは「今思えばあれはPの罠だったのかも知れない」と語っています。そして、プロットからキャラのコスチュームデザイン・動物キャラのデザインを担当した結果、制作側から「製作総指揮とクレジットしていい?」と聞かれ、まあそうなるかと思い了承したそうです。
それから尾田さん曰く色々無茶を言ったそうで、監督は境宗久さんじゃなきゃやだーとか、主題歌はミスチルじゃなきゃやだーとか、オープニングBGMは小西康陽さんじゃなきゃやだーとか、ラスボスの金獅子のシキは竹中直人さんじゃなきゃやだーとか言ってこれらは結局現実のものとなりました。

まぁ、大分話が脱線しましたが「製作総指揮:臼井儀人」の劇しん見たかった。
権兵衛
2009/12/12 20:12
>たかさん
原作者が注文を加えるというのは、比較的近年になってからで、昔つまりアニメの黎明期にはありえなかったことのようですが、今では珍しくなくなっているのですね。
それは、原作者の性格ももちろんあるでしょうが、なによりも時代背景の変化が非常に大きいと思います。もちろん、アニメスタッフが一番気を遣わなければならないのは視聴者なのですが。

>権兵衛さん
臼井氏がどういう経緯で初期の劇場版作品のストーリーの考案などを行っていたかはよく分かりませんが、プロデューサーの茂木仁史氏によると臼井氏はアニメスタッフにでは到底考えつかないようなギャグを考えてくれるとのことで、スタッフの方から依頼したと思えます。
「ONE PIECE」の尾田栄一郎氏ですが、原作者が自身の劇場版作品の製作総指揮を行うとは、非常に珍しいことと思います。そもそも、劇場版の制作は漫画を描くのとはまったく違う行為であり、才能溢れた漫画家と言えどもその点はアマチュアであり、なかなか難しいこととは思うのですが。尾田氏はその辺りにも才能があり、制作サイドもそれを見出していたのでしょうかね。
原作者がうるさいというのは、あくまでアニメスタッフと衝突するということであり、原作者が色々口を出しても、スタッフがその要求を快諾できる限りであれば、「うるさい原作者」とはみなされないのかもしれません。

「製作総指揮:臼井儀人」の劇しんですか。臼井氏は映画作りとしての才能があればそういう作品もありでしょうが、おそらく無理だったと思います。
チョルス
2009/12/13 17:47

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