ちょー嵐を呼ぶ映画公開前夜のちょー嵐を呼ぶアニメ放送だゾ
まず、当ブログの名前を変更しました。これまでの「クレヨンしんちゃん研究所管理人チョルスのブログ」は長ったらしいので、シンプルに「クレヨンしんちゃん研究所日記」としました。それにしても、このブログを開設した当時、どういう意図で名付けたのか全く覚えていません。あまり考えずにつけたのでしょうね。
さて、明日から「映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」が公開されます。私は明日有楽町の初回舞台挨拶付きの会に参加するのですが、「クレヨンしんちゃん的ページ」さんの管理人Mr.Kさんも来られるわけです。明日のオフ会でMr.Kさんにお渡しするイラストの練習を先ほどまで時間を割いてやっていました。てなわけで、本日の感想いきます。
今回の話はしんちゃんが記憶喪失になってしまう話で、全部で4パートありましたが、一つの話としてつながっているので、ここでパートごとに分けたりはしませんので。
「ちょー嵐を呼ばない園児だゾ」
昨年のシロのすけの話は、当時公開されていた「ケツだけ爆弾」とも関わりのある話(両者ともにシロが主役)でしたが、今回はどうかというと、まあ黙っておきます。しかし、サブタイトルは劇場版を意識したものになっていますね。
この話は、シロのすけの時とは違い、アニメオリジナルではなく原作つきの作品です。単行本の28巻c-8から11までと、アニメと同じ4話構成です。1話ごとの内容も、原作をかなり忠実になぞったものになっています。ただ、しんちゃんがななこの親父の四十郎と対面するシーンはアニメでは3話目ですが、原作では4話目です。そしてしんちゃんがななこのアパートから河原へ直接行って、そこで記憶を取り戻すのが原作での流れです。
それと、原作との大きな相違点をもう二つ。原作では冒頭とラストのシーンでの河原にあるアベックが登場し、男性がプロポーズをしようとし、女性もそれを期待するもののなかなか出来ないでいます。そして、この二人はしんちゃんの記憶喪失と記憶蘇生(こんな表現でいいのかな)で重要な役割を果たすのですが、アニメでは登場しません。
もう一つ、アニメで記憶を失ったしんちゃんが自分の事をイケメンだの韓流スターだのと自称し、自分の親はミス日本だのグラビアアイドルだのと言っていますが、原作ではこれらの部分が金城武だのトム・クルーズ、松嶋菜々子の子供だとか言っていました(ちなみに原作発表当時、松嶋菜々子さんはまだ独身でしたね)。やはり、テレビでは実際の人物の名前を出すのはまずいのですかね。
そういえば、映画化もされた筒井康隆のパロディ小説「日本以外全部沈没」にも発表された1974年当時の世界の著名人が実名で登場しますが、映画では実際の人物をモデルにしたと思われる人物は登場しても、実名が出てくることはありません。パンフレットでの筒井さんのインタビューによると、そういうのを映画で出すのはまずいとのことです。まあ、映像と紙の上という違いもありますし、そんなもんなんでしょうかね。
原作もアニメも、記憶を失ったしんんちゃんがやたら礼儀正しく、その一方で変な事を言う(愛の診察室とか)点は同じですが、私の主観からすると、原作のしんちゃんには、あまり良い印象がありませんでした。しかし、アニメではわりと微笑ましいといっていいのかな、どうも印象が違うのですね。言動は大体同じなのに、なんでこういう違いが生じるのか、やはり媒体が異なるからでしょうか。まあ、演出も原作のものを若干変えてあるのも理由の一つでしょうが。実際に、みさえがブラジャーマスクをやるシーンでは、なかなか悲壮さの漂う作りでしたが、原作ではコメディタッチに描かれており、悲壮さは微塵も感じられる作りではありません。
それと、ひろしオリジナルのみさえの悪口、体脂肪怪獣メタボみさどんも、原作では体脂肪怪獣ミサエドンとなっていましたし。まあ、原作発表当時(2000年頃)はメタボリックなんて言葉も定着していませんでしたし。って、みさえの悪口は関係無いか。
しんちゃんがバイオリンを演奏するシーンですが、ブラームスの「ハンガリー舞曲」でしたね、あれは。昔、スライスチーズのCMでも使用されていたのでご存知の方も多いでしょうが、どうせならピアノでショパンの「華麗なる大ポロネーズ」を弾いてほしかったりして。この曲好きなので。とは言っても、原作でもバイオリンでしたね。それなら、(本当はチェロなのでしょうが)「印度の虎狩り」を弾いてほしかったな。いや、でもあれはお坊ちゃんの弾くような曲じゃないか。それなら、シューマンの「トロイメライ」を・・・。おっと、どうも私の妄想に入ってしまったようなので、ここでこの話は中止します。
ところで、この記憶喪失の話もそうですが、ここ1、2年ほどのしんちゃんのアニメでは、時々数年以上前に発表された原作の話をアニメ化するケースがちらほら見られるのですね。アニメオリジナルが多くなっている一方、過去の作品を発掘しようという意図なのでしょうか。
さて、この後は小島よしおとDJ OZMAの登場に、明日公開の「ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」の紹介ですが、試写会で既に見た私にとっては、かなり踏み込んだ内容まで触れられていましたね。若干、ネタバレめいているシーンもあったような。まあ、あの事に関しては全く触れられていませんでしたが。それにあのシーンは映画を見ても・・・。
それと、「映画をすんごく見せちゃうゾ!」の前の実写の(このあと最新映画情報!!のテロップが出ていた)映像で、しんちゃんの着ぐるみと一緒に踊っていたあの髪を赤く染めた女性、試写会で私の右隣に座っていた人じゃないですか!携帯にしんちゃんのストラップを10個くらい付けており、私は「すげ~」と思っていたんですけど、思わぬところで見てしまって、またしても「すげ~」と思っていました。よほどのマニアなんでしょうね。うーん、上には上がいるもんだ・・・。
これを読まれている方で、もし明日有楽町の初回舞台挨拶に参加される方は、もし私を見かけたら声でもかけてやってください。私は紺のジャケットを着て、銀ブチのメガネをかけていますが、左胸にしんちゃんのピンバッジを着けています。席はかなり前の左寄りの席です。
さて、明日から「映画クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」が公開されます。私は明日有楽町の初回舞台挨拶付きの会に参加するのですが、「クレヨンしんちゃん的ページ」さんの管理人Mr.Kさんも来られるわけです。明日のオフ会でMr.Kさんにお渡しするイラストの練習を先ほどまで時間を割いてやっていました。てなわけで、本日の感想いきます。
今回の話はしんちゃんが記憶喪失になってしまう話で、全部で4パートありましたが、一つの話としてつながっているので、ここでパートごとに分けたりはしませんので。
「ちょー嵐を呼ばない園児だゾ」
昨年のシロのすけの話は、当時公開されていた「ケツだけ爆弾」とも関わりのある話(両者ともにシロが主役)でしたが、今回はどうかというと、まあ黙っておきます。しかし、サブタイトルは劇場版を意識したものになっていますね。
この話は、シロのすけの時とは違い、アニメオリジナルではなく原作つきの作品です。単行本の28巻c-8から11までと、アニメと同じ4話構成です。1話ごとの内容も、原作をかなり忠実になぞったものになっています。ただ、しんちゃんがななこの親父の四十郎と対面するシーンはアニメでは3話目ですが、原作では4話目です。そしてしんちゃんがななこのアパートから河原へ直接行って、そこで記憶を取り戻すのが原作での流れです。
それと、原作との大きな相違点をもう二つ。原作では冒頭とラストのシーンでの河原にあるアベックが登場し、男性がプロポーズをしようとし、女性もそれを期待するもののなかなか出来ないでいます。そして、この二人はしんちゃんの記憶喪失と記憶蘇生(こんな表現でいいのかな)で重要な役割を果たすのですが、アニメでは登場しません。
もう一つ、アニメで記憶を失ったしんちゃんが自分の事をイケメンだの韓流スターだのと自称し、自分の親はミス日本だのグラビアアイドルだのと言っていますが、原作ではこれらの部分が金城武だのトム・クルーズ、松嶋菜々子の子供だとか言っていました(ちなみに原作発表当時、松嶋菜々子さんはまだ独身でしたね)。やはり、テレビでは実際の人物の名前を出すのはまずいのですかね。
そういえば、映画化もされた筒井康隆のパロディ小説「日本以外全部沈没」にも発表された1974年当時の世界の著名人が実名で登場しますが、映画では実際の人物をモデルにしたと思われる人物は登場しても、実名が出てくることはありません。パンフレットでの筒井さんのインタビューによると、そういうのを映画で出すのはまずいとのことです。まあ、映像と紙の上という違いもありますし、そんなもんなんでしょうかね。
原作もアニメも、記憶を失ったしんんちゃんがやたら礼儀正しく、その一方で変な事を言う(愛の診察室とか)点は同じですが、私の主観からすると、原作のしんちゃんには、あまり良い印象がありませんでした。しかし、アニメではわりと微笑ましいといっていいのかな、どうも印象が違うのですね。言動は大体同じなのに、なんでこういう違いが生じるのか、やはり媒体が異なるからでしょうか。まあ、演出も原作のものを若干変えてあるのも理由の一つでしょうが。実際に、みさえがブラジャーマスクをやるシーンでは、なかなか悲壮さの漂う作りでしたが、原作ではコメディタッチに描かれており、悲壮さは微塵も感じられる作りではありません。
それと、ひろしオリジナルのみさえの悪口、体脂肪怪獣メタボみさどんも、原作では体脂肪怪獣ミサエドンとなっていましたし。まあ、原作発表当時(2000年頃)はメタボリックなんて言葉も定着していませんでしたし。って、みさえの悪口は関係無いか。
しんちゃんがバイオリンを演奏するシーンですが、ブラームスの「ハンガリー舞曲」でしたね、あれは。昔、スライスチーズのCMでも使用されていたのでご存知の方も多いでしょうが、どうせならピアノでショパンの「華麗なる大ポロネーズ」を弾いてほしかったりして。この曲好きなので。とは言っても、原作でもバイオリンでしたね。それなら、(本当はチェロなのでしょうが)「印度の虎狩り」を弾いてほしかったな。いや、でもあれはお坊ちゃんの弾くような曲じゃないか。それなら、シューマンの「トロイメライ」を・・・。おっと、どうも私の妄想に入ってしまったようなので、ここでこの話は中止します。
ところで、この記憶喪失の話もそうですが、ここ1、2年ほどのしんちゃんのアニメでは、時々数年以上前に発表された原作の話をアニメ化するケースがちらほら見られるのですね。アニメオリジナルが多くなっている一方、過去の作品を発掘しようという意図なのでしょうか。
さて、この後は小島よしおとDJ OZMAの登場に、明日公開の「ちょー嵐を呼ぶ 金矛の勇者」の紹介ですが、試写会で既に見た私にとっては、かなり踏み込んだ内容まで触れられていましたね。若干、ネタバレめいているシーンもあったような。まあ、あの事に関しては全く触れられていませんでしたが。それにあのシーンは映画を見ても・・・。
それと、「映画をすんごく見せちゃうゾ!」の前の実写の(このあと最新映画情報!!のテロップが出ていた)映像で、しんちゃんの着ぐるみと一緒に踊っていたあの髪を赤く染めた女性、試写会で私の右隣に座っていた人じゃないですか!携帯にしんちゃんのストラップを10個くらい付けており、私は「すげ~」と思っていたんですけど、思わぬところで見てしまって、またしても「すげ~」と思っていました。よほどのマニアなんでしょうね。うーん、上には上がいるもんだ・・・。
これを読まれている方で、もし明日有楽町の初回舞台挨拶に参加される方は、もし私を見かけたら声でもかけてやってください。私は紺のジャケットを着て、銀ブチのメガネをかけていますが、左胸にしんちゃんのピンバッジを着けています。席はかなり前の左寄りの席です。
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