2019年も小島剛一さんとお会いしました

今年も9月17日に、小島剛一さんとお会いしました。この日の事は、小島さんのブログにも「チョルスさんと新宿で食事」と「チョルスさんと多摩湖の堤を歩く」という2つの記事に書かれています。

お会いする場所は新宿であることが多いのですが、今年も西武新宿駅の改札前に11時頃に1年ぶりの再会となりました。

11時なのは、私が行ってみようと思った飲食店が開店する時間だからです。その店は新宿の伊勢丹にある「天ぷら 銀座天一」で、名前の通り本店は銀座にありますが、新宿にも支店があるのです。

駅から伊勢丹へ向かう途中、映画館の新宿ピカデリーを通りましたが、小島さんは「本場のピカデリーから苦情が来ないのでしょうか」とおっしゃっていました。確かに勝手にピカデリーの名前を使っているなら、いかがなものかと思ってしまいます。

伊勢丹に入ると、どうやって行けばいいのかよく覚えていなかった私は、エスカレーターで上まで行ったと思ったら一旦下に行って連絡通路を通ったりして、少し苦労しました。

それでも無事に到着しまして一安心です。

煙草アレルギーの小島さんとの食事では全席禁煙が絶対条件ですが、この店は大丈夫でした。正確な統計があるわけではありませんが、今の日本ではチェーン店は完全禁煙であることが多い一方、個人経営の店は喫煙可能である確率が高い気がします。

店に入ると、私と小島さんは同じ天麩羅の盛り合わせを注文しました。この店の雰囲気は悪くないので、心地よく過ごせそうだと思いました。

しばらくして料理が出てきました。もちろん天麩羅の料理が中心ですが、その中に帆立の天麩羅というものがありました。小島さんにとっては初めて見るもののようですが、私も帆立の天麩羅は食べたことがないので、果たしてどんな味かは分かりませんでした。

しかし味は意外と悪くありませんでした。小島さんにとっても決して不味いものではなかったようです。もっとも、帆立なら刺身の方が美味しいとおっしゃっていましたが、確かにそうかもしれません。

この天麩羅の盛り合わせには天つゆと塩が付いていて、それは普通なのですが、白い塩だけでなくカレー味の茶色の塩までありました。

小島さんが「カレー塩なんて邪道です」とおっしゃって一切手を付けませんでしたが、私も天麩羅にカレーは抵抗がありましたので、カレー塩で食べることはしませんでした。

このカレー塩は手を付けなければ問題はありませんが、出てきた料理の中に付いていたサラダの方には重大な問題点がありました。ドレッシングが小島さんにとって甘ったるいもので、また人参が食べられないとのことです。小島さんはドレッシングを避けて人参を取り除いていましたが、千切りの人参があまりにも多く、結局食べられませんでした。

本当に客に配慮している店なら、サラダはドレッシングが最初からかかっている状態では出さないとのことです。

私は日本の甘ったるくなっている味に慣れ切ってしまっていますが、長年フランスで暮らしている小島さんには、今の日本では食べられないものが多くあります。

少なくとも、小島さんが渡仏する1968年までは甘ったるい料理ばかりではなかったそうです。二度目の帰国の1988年に、日本の料理が甘くなっていることに気付き、それから年々甘さが増していると、以前おっしゃっていたことを思い出しました。なお、これも前に聞いた話ですが、1983年の一度目の帰国時には外食をしなかったので、どんな味になっているかは気付かなかったそうです。

「天ぷら 銀座天一」は1930年(昭和5年)創業の老舗ですが、創業時にはカレー塩はもちろん、甘ったるいドレッシングをかけたサラダも無かっただろうと小島さんと話しました。

その後、空になった皿を回収しに来た女性従業員に、小島さんはサラダが食べられなかったことを話しました。

するとその従業員は立ち去り、今度は男性の従業員が来て、小島さんからサラダについての話を詳しく聞くと、一旦立ち去り、人参抜きのサラダとレモンとドレッシングを別の容器に分けて持ってきてくれました。こうして、小島さんは無事にサラダを食べることができました。

小島さんのブログによると、日本では無礼な対応をする飲食店も多いようですが、この店は少なくとも「二度と行かない飲食店」にはならなかったようです。この店を紹介した私も安心しました。

店を出ると、どこに行こうかと思いましたが、多摩の方に行ってみようと小島さんが提案なさいました。

実は、3年前の2016年にお会いした時、私が多摩湖に行こうという提案していたのを覚えていらっしゃったのです。3年前は時間の余裕が無かったので断念しましたが、今回なら大丈夫なので行くことにしました。

私たちは西武新宿駅に行き、西武新宿線で萩山まで行き、そこから西武多摩湖線に乗り換えて武蔵大和駅で降りることとなりました。

西武新宿駅のホームで電車を待っている間、小島さんを誹謗中傷するネット・ゴキブリの動向について訊かれましたが、私は特に新たな活動はしていませんと答えました。実際、新たな誹謗中傷は現在に至るまで見られません。もちろんこれから起こる可能性はあるので、今後も見ていくつもりです。

電車の中はかなり空いていまして、席に座ることができました。

萩山駅に向かう間、私は小島さんから「茗荷は英語で何と言うか知っていますか」と訊かれました。

はて、茗荷を英語にどう訳すのか、まるで見当がつきませんでした。そもそも、英語圏の国や地域に茗荷があるのかさえ疑問です。

私が答えられないでいると「生姜は英語では何でしょうか」と訊かれ、私はこれにも答えられませんでした。小島さんは不思議そうな顔をして、「ginger(ジンジャー)ですよ」と言われ、ハッとしました。

生姜がgingerというのは知っていましたが、この時は茗荷のことが気になっていたせいか、うっかり忘れていました。

さて、茗荷なのですが、こちらもgingerと言うそうです。英語では区別をしないのですね。

他にも、木天蓼(マタタビ)と猿梨(サルナシ)は英語だとkiwi(キウイ)と言うそうで、非常に面白いことを知りました。

私はフランス語では蝶と蛾の区別をしないのですよねと言いましたら、小島さんはその通りとおっしゃっていました。

ある言語では区別されているものが、別の言語では区別されないわけですね。

さて、電車は萩山駅に到着しました。私たちは乗り換えのために、別のホームへ行く階段を上がろうとしましたが、同じホームから西武遊園地行きの電車が来ることが分かり、そのホームで待つことにしました。

電車はすぐに来て、乗ってみると窓から多摩湖自転車道が見えるのですが、小島さんは以前この自転車道を歩かれたことがあるそうです。

数分で武蔵大和駅に到着し、ここを少し歩くと多摩湖通りに出て、さらに歩くと多摩湖の堤体に着きました。ここからは多摩湖がよく見えまして、振り返ると都立狭山公園とその向こうにある多摩湖町の住宅街が見えました。

私がここに来るのは2013年の夏以来となります。それ以降も何度か多摩湖周辺の道を車で通ったことはあります。

堤体を歩きながら、私たちは途中にあるベンチに座ったりもして、多摩湖沿いを縦断しました。西武遊園地の近くまで行くと、近くにあった東屋(あづまや)のベンチに腰かけて話をしました。

私はここで富士山に登ったことはありますかと質問したところ、「ありません」とのことで、さらに富士山は登るには面白くない山だとおっしゃいました。私は過去に富士山に登ったことはありますが、小島さんの話を聞いて、山というより人工的な建造物にいるような気分になったのを思い出しました。

また、コーランは全文がアラブ語で書いてあるわけではなく、2割は解読不能であるということ、さらにコーランはアラブではなくアラマイ語(アラム語)で読むと全く別の解釈ができるという話も聞きました。

本当に色々な話をしましたが、この日は暑かったものの、極端に気温は高くなかったため、過ごしやい一日でした。空は晴れていましたが、時折雲がかかることもあり、気温もあまり高くならず、散策するには絶好の日でした。7月か8月にお会いしていたら、かなり暑い思いをしていたでしょう。

それから、近くにある何かのオブジェなのかと思ってしまう妙な形をした東屋に行ったり、再び行った道を戻りました。ここで、夜行性の動物は光が無くても周囲を見ることができる一方で色盲であることや、青信号は緑色なのに青と言うのは、青という語に緑色も含まれていたからということから、色彩や植物に関する話もしました。

この後、多摩湖通りを歩き、武蔵大和駅へ続く道を通り過ぎて多摩湖自転車道を進みました。西武多摩湖線沿いの道を歩き、空堀川を渡り、さらに先を進みました。この頃は既に午後3時を過ぎていて、ちょうど学校が終わったばかりの時刻なので、小学生を多く見かけました。

午後四時近くになって、八坂駅前に着きました。小島さんは次の人と会うために、ここからかなり早く歩く必要があるため、会話をする余裕がなくなってしまうという事情から、ここでお別れになりました。

この後、私は西武鉄道多摩湖線で青梅街道駅まで行き、そこから10分ほど歩いて新小平駅で武蔵野線に乗って帰宅しました。

2012年以来、小島さんとは毎年お会いしていますが、今年も会えて良かったです。来年もお会いできるのを楽しみにしています。

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この記事へのコメント

星三郎
2019年10月11日 18:39
数えきれない程ある東京の飲食店の中で、良いお店と出会えたようで何よりです。
特に、大事な方へのお店の紹介、招待はとても緊張するものですよね。 招待を受けた人が満足し、招いた側も「選んで良かった」と思えるお店ともっと出会いたいものです。
2019年10月11日 21:51
東京の飲食店で、小島剛一さんが入っても大丈夫かどうかで最も重要なのは完全禁煙かどうかですね。分煙だと煙草の煙が漏れてくるとおっしゃっていたので。
また、味が小島さんに合うかどうかも大事ですが、私と小島さんでは味覚が異なっているので、実際に入ってみないと分からないのですね。もし合わなかった時に誠実な対応をしてもらえるかどうかというのも、重要な点になります。
小島さんと飲食店に入る時、「今回は大丈夫かな」と思ってしまいますが、小島さんにとって「何度も行きたい飲食店」に多く出会いたいですね。
Coco
2021年07月17日 00:55
初めまして(*^-^*)
小島先生のブログから伺いました。

「小島さんが渡仏する1968年までは甘ったるい料理ばかりではなかったそうです。二度目の帰国の1988年に、日本の料理が甘くなっていることに気付き、それから年々甘さが増している」
と言うお話を興味深く読ませて頂きました。

私も小島先生と同じで、食事が甘いのは苦手です。
ドレッシングやすし飯、煮物、時には中華風の炒め物まで甘かったりすると、食欲が失せます。

やはり昔はそうではなかったんだなと思いました。

昔は砂糖は貴重で、江戸や京都は豊かな地域はお菓子を食べると言う習慣があったけれど、地方は貧しく大量の砂糖を使ったお菓子は食べることが出来なかったから、お菓子と比べわずかな砂糖で済むので、食事を甘くしたと聞きました。
いまだに、九州には甘い砂糖が存在したり東北では甘い茶碗蒸しが存在しますね。
東京に地方出身の人が増え、甘い料理を好むので東京で食べるお料理も甘くなっていったのではないかと思っています。

若い時に京都に行って、関西のお料理は甘いと思っていたのが、お出しのきいた甘くないお料理に嬉しかったのに、今はお店選びを失敗すると出しのきいていない甘ったるいお料理にガッカリすることもあります。

私だけでなく、近年日本のお料理が甘くなっているとお思いの方が居られて、ちょっとほっとしました。
2021年07月17日 01:10
初めまして。管理人です。コメントありがとうございます。
小島剛一さんは日本の甘ったるい料理が苦手、というか食べられないのですね。甘い料理をうっかり口にしてしまい、その場で吐き出してしまう光景を実際に見ました。ヨーロッパや中近東では食事で甘いものを食べるのは間食かデザートのみと話を聞いて、私も日本の料理は甘ったるいものが多いと感じるようになりました。小島さんとお会いするまで、料理が甘くなっていることを意識していなかったので、小島さんとの出会いがなければ今も甘いことに気づかなかったかもしれません。
おっしゃる通り、昔の日本では砂糖が貴重で、それで贅沢な食事をしたいという思いから日本の食事が甘くなったという話を聞いたことがあります。西日本では砂糖入りの醤油があるそうですが、小島さんは絶対に受け付けないですね。私も苦手です。
小島さんのブログでは、日本で甘い食事を出されて苦労したという話が書いてありますが、小島さんがブログで発信してくれているおかげで、日本の食事が甘くなっていて、多くの人々が味覚障碍になっているようだと気づく人も増えているようです。今後、日本で小島さんも安心して食べられる、甘ったるい食事を出さない飲食店が増えてくれることを願っています。