『クレヨンしんちゃん』を卒業する時

現在、『クレヨンしんちゃん』は子供向けの作品と見られることが多いです。

元々、青年誌に連載されていた、純粋な大人向けの作品だったのですが、テレビアニメ化によって、メインのファン層が子供になりました。

ただし、子供と言っても、定義は広いです。法的には20未満が子供(未成年)なのでしょうが、『クレしん』のテレビアニメは18歳や19歳に向けて制作されているとは、到底思えません。いくらか、大人向けのネタを含んでいますが。

やはり、幼稚園~小学生くらいでしょうか。では、中学生はどうでしょうか。『クレしん』の映画で、子供向けの入場者プレゼントは、中学生までもらえるようです。

今から10年前の2007年、大阪の映画『ケツだけ爆弾』の鑑賞オフ会で、参加者に依織さんという方がいらっしゃいました。当時、依織さんは高校生だったのですが、入場の際に入場者プレゼントを配っていた係員にさりげなく手を出し、入場者プレゼントを受け取っていました。

係員は依織さんを中学生だと思っていたようです。あるいは、可能性は低いですが、高校生のようだと思ったものの、高校生でも別に良いかということで、あえて渡していたかもしれません。入場者プレゼントが中学生以下限定と言っても、主催者が勝手に決めているだけで、酒やタバコを未成年者に売るのとは全く次元が違いますからね。ちなみに、この事はMr.Kさんのオフ会レポートにも書いてあります

10年前の2007年当時、私は大学生で、家庭教師のアルバイトで中学生と関わることが多かったです。生徒の中には『ドラえもん』と『クレしん』を楽しんでいるという子が何人かいましたね。家庭教師という立場上、あまり『クレしん』の話をしませんでしたし、ましてや『クレヨンしんちゃん研究所』やこのブログの話は一切しませんでした。

ただ、中学生で堂々と『ドラえもん』と『クレしん』を楽しんでいるという話を聞いたのは、少し意外な気がしました。その理由は、私が中学2年生の時にさかのぼります。

当時、私は学校の体育祭の実行委員をやっていました。と言っても、大したことはやっていませんでしたが、実行委員には中学1年~中学3年の各クラスのメンバーがいて、放課後になると定期的に打ち合わせをしていました。

ある日、打ち合わせの合間の休憩時間で、中学1年生の女の子が同級生に『ドラえもん』と『クレしん』を楽しんでいるというような発言をしまして、それを聞いた相手の子は中学生にもなって未だに好きなの、という返答をしました。

それに対して、その女の子はだって面白いでしょ、と言っていたと記憶していますが、これを聞いた私は、『ドラえもん』と『クレしん』のことを話題にしない方が良いと思いました。私も両作品を楽しんでいたので。それに、当時の私は今と違い、だんだん『クレしん』のような子供向けの作品を楽しむことに、後ろめたさを感じ始めていました。思春期における心の変化があったのでしょう。言い方を変えれば中二病だったのかもしれません。今のように、『クレしん』の素晴らしさに改めて気付いたのは、高校卒業間近です。

この時の会話が固定観念として頭に残っていたため、大学生になって『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』を楽しいと堂々と言う中学生がいて、意外と思ったのです。今の中学生は、私の時よりも『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』に馴染みがあるのかもしれません。あるいは、中学生だった私の周囲には、たまたま両作品を子供っぽいからと嫌悪する風潮があったのでしょうか。

もっとも、『クレしん』を子供っぽいとみなすのはテレビアニメと劇場版だけで、原作は必ずしもそうではなかったようです。というのは、私が中学1年生の時、数人の友達と電車に乗った時、たまたま網棚に『アクション』が置いてあって、そこに収録されていた『クレしん』や『かりあげ君』などを楽しんだことがあるからです。この時はガキっぽいなんて言う奴はいませんでした。なお、この時読んだ『クレしん』は、三つ目犬に関する話で、後に単行本の19巻(d-3)に収録され、「キョーフの三つ目犬だゾ」(1997年10月31日放送)という題名でテレビアニメ化されました。

なお、『ドラえもん』と『クレしん』を楽しんでいたという、当時中学1年生の女の子は、非常に勉強のできる子で、学年トップの成績を取っていました。劣等生に毛が生えた程度の学力しか無かった、当時の私とは出来がまるで違います。容姿はおかめさんみたいな感じでした。と言っても、不細工というわけではありませんよ。おかめさんみたいにちょっと下膨れで、どこか小学生っぽいあどけなさが残るものの、非常に可愛らしい子でした。

実は、私は年下の女の子に初めて「先輩」と呼ばれたのは、この子からでした。小学生の時はあまり下級生と関わらなかったので、「先輩」と呼んでもらえたのは非常に新鮮でした。今思えば、さりげなく連絡先とか聞きだして、後に頃合いを見てアタックしても良かったかも、と思ったりもします。

そうすれば、もしかしたら付き合うようになって、あわよくば結婚へ、ということになっていたかも。でも、そうなっていたら、今の妻と結婚することはなかったわけで。まったく、結婚してもこういう事は未だによく覚えているわけで、つい変な妄想をしてしまうのですな。男というのは、思春期の頃に好意を持った女性を生涯忘れることはありません。だからこそ、こうやってブログのネタにできるわけですが。

話を戻しますと、今は中学生で『クレしん』が好きなのは、あまり不自然なことではないようです。それでは高校生はと言うと、高校生で『クレしん』が好きというのは、あまり聞きません。私自身、高校卒業後に高校生と関わったことがあまり無いので、よく分かりません。

数ヶ月前、灘高校の生徒が佐藤優氏と対話する本を読みましたが、この灘高校の生徒たちが『クレしん』を楽しんでいるというのは、ちょっと想像しにくいです。でも、この本に出てくる生徒たちの中で、第二次世界大戦中の軍事系に詳しい子が一人いたので(潜水艦は詳しくないらしいですが)、『クレしん』にハマっている子も、一人くらいいるのではと想像してしまいます。

私が高校生の時、学校帰りに寄ったコンビニで『アクション』を立ち読みしていた時、一緒にいた同級生が、私が『クレしん』を見ていると、「お前いくつだよ」とあきれていました。この時の話は、野原家がガス爆発で無くなってしまう話で、これが『アクション』に収録された最後の話になり、後に単行本の29巻(c-1)に収録され、2001年5月11日にテレビアニメ化されました。

なお、高校卒業間近に、『クレしん』の素晴らしさに改めて気付いたと前述しましたが、それ以前も原作はずっと見ていましたし、原作を読むことを同級生にみられることにはあまり抵抗はありませんでした。テレビアニメや映画の内容を熱く語ることはしませんでしたし、する機会もありませんでしたが。

ただ、そうは言っても「キョーフの三つ目犬だゾ」(1997年10月31日放送)の原作を友達と読んだ頃と違い、高校生になると大人向けが建前の原作の『クレしん』に対しても、厳しい視線が来てしまうことがあるようです。中学の時の友達と高校の時の同級生は別人ですが、この二つの個人的な思い出を比較すると、やはり、高校生になると『クレしん』は子供の作品だから見ない、という不文律があるかもしれません。

前回の記事では、女子高生の間で『おそ松さん』が流行っていることを示唆する内容を載せましたが、『クレしん』は『おそ松さん』のように、少し高めの年齢層には受け入れられていないのでしょうかね。『おそ松さん』の元ネタの『おそ松くん』は、『サンデー』に連載されていた子供向けの少年漫画だったのですが。

もちろん、一部には『クレしん』が好きな高校生はいるでしょうが、大部分の高校生に自然に受け入れられているかと言うと、そういうわけではないのですね。この記事を読んでいらっしゃる現役高校生の方は、情報提供をしてくだされば幸いです。

そうなると、やはり『クレしん』が受け入れられるのは中学生まで、ということになりそうです。映画の入場者特典が中学生まで、というのも合理的な理由によるものでしょう。

義務教育と同じで、中学卒業と同時に『クレヨンしんちゃん』を楽しむのを(一部のファンを除き)卒業する、というのが不文律なのかもしれません。

では、30歳を過ぎても、『クレヨンしんちゃん』を卒業せず、ひたすら熱狂し続ける私チョルスは何なのかと言うと、私の精神年齢は永遠の12歳なのです。この事については、次回の記事で詳しく書きます。

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この記事へのコメント

はいじま
2017年10月08日 05:44
「クレヨンしんちゃん」が始まった(私の場合「アクション」での連載開始)時には、既に二十歳前後だった私には「卒業」と言われてもピンとこないですね。
確かに、アニメ開始直後に自宅(当時実家にいた)で単行本を読んでいたときは、親に変な目で見られましたけど。
チョルス
2017年10月08日 06:34
『クレヨンしんちゃん』の原作は大人向けの作品と出発しましたから、他の子供向けの作品とは明らかに異なりますよね。記事の本文で書いた、『クレしん』を立ち読みしていた当時高校生の私に「お前いくつだよ」と言っていた同級生は、その事を知らなかったようですが。もし、『クレしん』がテレビアニメ化されていなかったら(されても大人向けのアニメになっていたら)、大人向けの作品として、「卒業」という発想は生まれなかっただろうと思います。

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