クレイジー・トラベル(その58)

ヴェルサイユという街はもともと小さな村で、フランス国王ルイ13世(1601~1643)が狩猟に立ち寄るという程度の地でしかありませんでした。
しかし、ルイ13世を継いだ、かの太陽王ルイ14世(1638~1715)は1682年にこの地に宮殿を建てました。その後も何度か増改築(象貝(蜂が)チク、意味分かります?クレしんの単行本13巻d-7を参照して下さい)を繰り返し、現在に至っています。
ルイ14世がパリを離れ、この地に宮殿を移したのは、パリで王政に反対する者達が多かったからだと言われています。他にも、これまでのルーヴル宮殿(現在のルーヴル美術館)が糞尿まみれになって、とても住めなくなったからだいう説もあります。
実は、ルーヴル宮殿もヴェルサイユ宮殿も衛生状態が非常に悪く、というより当時のパリ自体がそうであり、街中糞尿まみれだったわけです。パリが糞の都から花の都に一変するには19世紀のナポレオン3世の時代を待たねばならなかったわけです。この事は、雑談室のトイレと風呂の中にも書いています。衛生状態が非常に悪いという事は、当時のヴェルサイユ宮殿の舞踏会は糞尿の香りの中で行われたという事です(ここでショックを受ける人は、どのくらいいるのでしょうかね)。
話を戻しますと、私も前にヴェルサイユ宮殿が目の前に広がっていき、非常に嬉しくなりました。

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ただ、私が行った当時(2006年2月17日)、一部で工事が行われており、なんと宮殿前にあるルイ14世の像も工事中でした。これには少しショックでした。

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さて、宮殿内部は9時から開き、私が着いたのは9時半前でした。つまり、まだ開いて間もない頃で、非常に空いていました。こういう観光名所というのはなるべく早く行ったほうが良いのですよね。昼間とかに行くと、団体に巻き込まれ、非常に混雑しますので。2年前の夏にウィーンのシェーブルン宮殿に行った時に得た教訓です。ただ、私が来た時にも、日本人の団体がいましたが。
中に入り、私は日本語のオーディオガイドをもらい、早速王室礼拝堂からの見物を開始しました。様々な部屋を見学しましたが、やはり最も印象に残ったのは鏡の間ですね。ところが、何とこの鏡の間でも工事が行われており、この回廊の魅力は半減してしまっていました。2年前のシェーブルン宮殿も工事中が行われており、どうしてこうも工事中の時期にぶつかるのでしょうかね・・・。
さて、鏡の間ですが、ここでは1871年にドイツ帝国の成立が宣言され、プロイセン国王ヴィルヘルム1世が初代皇帝に即位しました。なぜ、ドイツなのにフランスで行ったかと言うと、ドイツはフランスに戦争(普仏戦争)に勝利したことでドイツ帝国を樹立し、この時パリはドイツに一時占領されていたからなのです。また、第一次世界大戦後の講和条約であるヴェルサイユ条約が調印されたのも、この鏡の間です。
鏡の間の後も、宮殿の部屋を回り、最後は土産売り場です。まあ、観光名所では定番ですね。私は土産品をいくつか買い、宮殿を出ました。
宮殿を出た時、10時半過ぎを指していました。つまり私は1時間強、宮殿の中にいたわけです。2年前のシェーンブルン宮殿には、1時間半いたのですがね。
そういえば、かのルイ16世妃のマリー・アントワネットはオーストリアのハプスブルク家出身で、シェーンブルン宮殿で生まれ育ち、このヴェルサイユ宮殿に嫁いで来たのです。そういう事を考えて、感慨深くなったりもしました。

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